小竹ゼミ

主任教授
小泉 誠

教授
小竹 信節

教授
太田 雅公

教授
池田ともゆき

教授
五十嵐 久枝

教授
片山 正通

准教授
鈴木 康広

教授
天野 勝

教授
パトリック・ライアン

教授
津村 耕佑

freshman
sophomore
junior first
junior later
master
lecture
小竹ゼミ3年生

 

 

ゼミ公演

 

『ウリムとトムミム』~ぼくたちの鉱石図鑑~

 

 

 

 

小竹ゼミ4年生

 

 

展示【三重プロジェクト】

 

『水が私にくれたもの 』What the Water Gave Me

 

メキシコの現代絵画を代表する女流画家“フリーダ・カーロ Frida Kahlo”が1938年に描いた作品が、今回のテーマです。
浴槽に突き出た彼女の足の周辺には、それまでの人生のよろこびや哀しみの風景にあった記憶の断片が浮き沈みしています。

 

フランスの詩人“アンドレ・ブルトン”は、自身の小説「ナジャ」の中で、主人公が『私は鏡のない部屋の中の浴槽に浮かぶ思考である』と偶然語った風景が、そこにはあります。
彼女の日記には、「私を愛してくれるすべての人の中で、私が愛するすべての人のために生きようとする私の途方もない意志に感謝。」と書かれています。その意志とは、苦難の連続だった生涯において、絵を描くことでした。

浴槽であっても海であっても、水は空気との境目で、私たちの目は光がまっすぐ届いていると思っているため、モノが折れ曲がっているように見えます。
水面に沈むモノたちが一度は折れ曲がりながら、水面から顔を上げたとたん、その記憶だけを手にしながら、再び元の姿に帰って行きます。

伝説と神話に溢れる島、「答志島」が今回の舞台です。
小竹ゼミ4年生が、長い歴史の中で力強く生きる“海女さん”や相差の風景との出会いの中で切り取った心象風景を、それぞれの“額縁”として自由に表現し、再びこの神話に満ちた「答志島」の風景の中に、これらをかざしながら、新たに出会える「記憶のコラージュ」として描き出します。

 

 

 

 

展示【「小竹信節ゼミナール+立川髙島屋」コラボレーション】

 

『わたし、ロボットなんです!』

  It is me, a first robot.
 ~「R.U.R.」Karel Čapek~

 

・・ある日の朝の、立川駅プラットホームでの光景を、1階ステージ上に見立て、何気ない平凡な日々の一コマを、ファンタジー溢れる光景として描くものです。
電車を待っている人々のリアルな顔は、このプロジェクトに参加する学生たちの姿ですが、、実は、彼らは不思議でおかしなロボットたちだったのです。
いつもと同じ駅の光景のはずが、少し違っている。しかも、こんな不思議な空気は一体どんな時代なのだろう?と想いを馳せるのが、今回のテーマです。

原作の『R.U.R.』(原題:Rossum’s Universal Robots ロッサム万能ロボット会社)は、チェコの作家カレル・チャペックによる戯曲で、1920年に発表されました。
この劇の発表によって「ロボット」という言葉を創り出した歴史的作品なのです。
物語は、、
未来のとある孤島。そこにはロボットの工場があり、ここで製造されたロボットたちは、世界中に送られ、さまざまな労働に使われ、人々は輝かしい未来を信じながら彼らの手による便利な生活をしはじめていたが・・・

それから8年後、1928年(昭和3年)に登場した日本で初めてのロボット『學天則 がくてんそく』は、、昭和天皇即位を記念した「大礼記念京都博覧会」に大阪毎日新聞が出品した東洋に於いても初めてのロボットでした。その制作者は、毎日新聞論説顧問でそれまで困難と言われていた「マリモ」の養殖に初めて成功した、植物学者の西村真琴でした。まるで植物のようにゴムチューブによる空気圧変化を動力にした『學天則』は、ただ机に座り、微笑みながらうなずくことしかしませんでした。
しかし、人間と機械が寄り添える社会を夢見たとき、まず最初にするべきこと、それはお互いが“うなずき合うこと”のように思います。そんな『學天則』は、西欧諸国がそれまでに作った単に人間に代わって労働することではない、機械に大切な命を吹き込もうとした画期的なロボットでした。

 

 

 

 

小竹ゼミ 2016年度 卒業制作

 

 

 

 

 

『outer suburbia』【優秀賞】 本多 悠悟・矢口 由奈

 

 

 

『Cholé』 鈴木 有沙

 

 

 

『今夜、やわらかな月の下で』 三輪 愛