今回は、コンテンポラリーデザインスタジオ
「we+(ウィープラス)」のデザイナーであり、空間演出デザイン学科非常勤講師でもある、安藤北斗さんをゲストにお招きし、お話を伺いました!
まずは、安藤先生が最近手がけられていらっしゃるお仕事や作品について、また「コンテンポラリーデザイン」のお考えについてお伺いしたいです。
2013年に「we+」(ウィープラス)というデザインスタジオを設立しました。自分たちの活動を「コンテンポラリーデザイン」という言葉を使って説明することが多いのですが、これは「デザインの価値を見つめ直し、新しい潮流を生み出す」ことを意味しています。川の流れに例えると、主流と支流の関係に似ているかもしれません。今は支流でも、数年後、数十年後には主流になっているかもしれない。今の主流が途中で先細りしてしまう可能性もあります。we+が行っているデザインはたくさんの支流をつくり出す作業です。豊かな社会は多様な選択肢から生まれる、とも言えますので、デザインの領域を越境しながら、支流を開発しているイメージです。
コンテンポラリーデザインは主に家具に結実することが多く、所属しているミラノやパリのデザインギャラリーを通してプレゼンテーションしたり、販売したりしています。一般的な家具とは趣が異なり、大量生産するためのデザインではなく、いわゆるリミテッドエディション、つまり数台限定で制作しています。アートの要素を取り入れたデザイン、と言うと想像しやすいかもしれません。日々繰り返し行なっている社会課題のリサーチや、素材のスタディを積み重ねた上で、手作業で制作することが多いですね。また機能性は当然有していますが、どちらかというと社会に対する新しい視点の提示を大切にしています。
コンテンポラリーデザインの他、活動の軸は大きく2つあります。1つ目は「インスタレーション・空間デザイン」、2つ目は「R&D」です。
「インスタレーション・空間デザイン」は、企業やブランド、商品のプレゼンテーションに使われるインテリアや、ウィンドウを用いたキネティック(動的)な作品のことを指します。プロジェクトによって、常設の場合もあれば仮設の場合もありますが、いずれにしても非常に空デっぽい領域です。例えば、資生堂の企業理念を伝えるインスタレーションや、エルメスの年間のコレクションテーマを表現したウィンドウディスプレイ、商業施設のインテリア/エクステリア設計などを行なっています。
「R&D」は、企業の「研究開発=リサーチ&ディベロップメント」のことで、企業と共同で、未来のプロダクトの新しいあり方を探っていく活動です。対象となるプロダクトはプロジェクトごとに異なり、家電や嗜好品、あるいは建築に関わる案件もあります。これはリサーチプロジェクトの側面が大きく、古今東西の事例や社会背景を検証したり、ときにアカデミックな領域の方々と協業することで、埋没してしまった価値を掘りこしたり、新規性のある切り口を見つけ出していく作業です。
Drought - 2016


kitoki - 2019

ありがとうございます。今お話しいただいた3つの活動には、プロジェクトのスタートから発表に至るまでの流れに何か大きな違いやルールはあるのでしょうか?
全て有機的で、決まったルールはありません。プロジェクトの始まり方もいろいろです。自分たちの疑問や興味をリサーチプロジェクトとして立ち上げ、自主的に制作を進める場合もありますし、企業からの依頼があり、彼らのオリエンに沿って検討する流れもあります。あるいはエキシビジョンのために制作を進める場合も。ジャンルこそ違えど、それぞれが地続きにつながって結びついている、とも言えます。アプトプットとしても、家具やインテリア、インスタレーション、あるいは文章や映像などさまざまですが、大きな考え方の骨子は変わらず、先に述べた通りコンテンポラリーデザインの考えを元に進めています。
大切にしていることは、社会性です。デザインは表層的なスタイリングではありません。授業でもよく話していますが、社会を「土壌」と仮定すると、デザインは地中に根を生やし、地上に幹や枝葉を構成する「木」と例えることができます。「人々」は社会の上に生活しているイメージです。デザインは社会に対し、深く広範囲に根を張る必要があります。じゃないと簡単に倒れてしまいますよね。それで、デザインが人々に対して、価値を還元していく。そのエコシステムを意識しながら、社会性を大事にしながら、デザインをしています。
空デ時代について

ありがとうございます。次に、空デに入ったきっかけや受験を決めた理由を教えてください。
僕が大学に入ったのは2001年なので、今からもう20年前ですね… 今もそうなのですが、当時の先生方や先輩方は、少し挑戦的なアプローチだったり、俯瞰的に人間を取り巻く環境を考察し、デザインに反映するような作品をつくっていました。そこがすごく気になって受験することにしました。また、空間にまつわるアレコレ全てを選択できる点にも惹かれていましたね。
空デってぱっと見て何をやっているか、よくわからない印象って少なからずあると思うのですが、空デの魅力は、ファッション、セノグラフィ、インテリア、家具、インスタレーションといった、「空間」と「もの」にまつわる、多様な考え方が一つの学科の中で混じり合い融け合っているということ。それぞれの考え方を 「交配」させることで、ユニークな視点をつくり出すことができると思っています。文化人類学のお話しかもしれませんが、今まで人類は交配を繰り返すことで文化的経済的な前進を生み出してきました。いろいろな考え方を柔軟に取り入れ、組み合わせて独自の価値をつくってきたという意味で、空デは非常に「交配」的でポジティブな側面を多く持っていると感じています。豊かさは多様性が生み出しているわけなので、良い意味で整理されつつも、雑多な要素がある環境は貴重だと思っています。
お話しした通り、実際に僕の仕事は、越境型かつ複合領域型のプロジェクトが多いです。異なるカテゴリのプロジェクトでも全く抵抗感なく挑戦できるのは、まさに空デにいたおかげだと思います。
空デを知ったのはいつごろですか?
空デを知ったのは予備校に入ってからです。僕が高校生だったころって、ネットがそこまで発達していなくて、そもそもの情報量がだいぶ少なかったんです。まわりに美大に行こうとする人はほとんどおらず、相談もできない状況で。卒業後に東京の予備校に通うようになって、ようやくデザインにはいろいろな種類があるんだと知りました。
当時はデザインのジャンルがものすごく分断されていたイメージがあります。例えばインテリアはインテリア、プロダクトはプロダクト、と言ったように、ある種それぞれのカテゴリが強固にセグメント化されてしまっていた。予備校時代から、将来的に一つのことに縛られずデザインしてみたいと思っていたので、空デはすごくフィットしそうな印象がありました。
学生時代のエピソードがあればお伺いしたいです。
学生時代何をやっていたかなと考えると、もちろん課題についても一生懸命だったけれど、先生や同級生、先輩後輩、学外の人、とにかくいろんな人たちと会って話していたことを思い出します。家にいた記憶がほとんどありませんね… まあ遊びまくっていたともいえます(笑) ただ、そこで生まれる会話が自分にとってはものすごく貴重で、一緒に過ごした人から貪欲に新しい考え方を吸収していました。それは今の自分の血となり肉となりです。
空デ時代の授業でもそうですね。教わってきたことが、自分の中に強く刷り込まれていて、折りにつけて先生から言われたことや同級生のコメントを思い出すんですよね。今でも僕の指針になっている言葉もあります。
学生時代ってある意味乾いた砂が水を吸うように、経験や知識も吸収できるタイミングだと思うんです。その時期にたくさんの人に会って刺激を受けたことは、僕を形成する大きな要素になりました。
進学について
それでは進学について聞かせてください。 武蔵美を中退され、留学をされたと伺っていますが、安藤先生の「決断」のきっかけや、仕方について、また作品のプランを具現化していく上での「判断」についてどのようにお考えか伺いたいです。
結果的に中退していますが、「決断」というほど大きな決断ではなかったと思います。普段から「こうありたい」とか、「こういうデザインをしていきたい」、といったことを漠然と考えていたので、突然何かを大きく「切り替えた」というわけではないんですね。考え続けているうちに、空デに居続けることが最適なのかとか、一旦外の世界を知ることが重要なのでは、ということがぼんやり見えてきて、自然と留学という結論が導き出されてきました。自分にとって空デはとても居心地の良い場所でした。今でもお世話になっている先生や友人もたくさんいますし。ただスーッと留学の方に引っ張られた感じですね。その選択を先生方がオープンマインドで受け入れてくれて、応援してくれたのは、すごく嬉しかったですし、ありがたいなと思っていました。
作品をつくる上での判断も同じで、実験や思考を繰り返していくことで、勝手に一つの方向に導き出される/絞り込まれるという感覚がすごく強いです。リサーチやスタディをすると当然複数の選択肢が出てきますが、自分たちが目標としているポイントや、もっとも強く訴えたい部分を抽出することで、そこに向かう最適解が見つかっていく。自然と「この方向しかないね」とか「みんなが共感するのはこれだね」となります。デザインの作業をしていて悩むこともありますが、そんなときは実はゴール地点が不明瞭なことが多い。なので、まずはゴール地点の解像度を上げるように努めています。
余談ですが、僕は本当に優柔不断で、コンビニでどのお茶を買うかも選べない。いろんな種類があると、いろいろと考え込んじゃうんですね。なので、お茶を買うときは、目的を「喉を潤す和風で甘くないもの」と設定するようにしています。となると、お茶であればなんでもよくなるので、悩む必要がなくなります。例えが正しくない気もしますが。
もとい、目標を丁寧に設定すると、自ずと手法も導き出されます。学生にも、どうしたいか、どうなりたいか、なにをつくりたいかをまずクリアにすることが最も重要だと伝えています。余計なところで悩むのは時間がもったいないですよね。ただ目標の設定には知識や経験が必須なので、徐々に慣れていけばいいのかなと思っています。
今、非常勤講師として空デと関わる中で
見えてくる空デの学生の印象
今の空デ生についてお伺いします。 安藤先生は、学部2年生の実技授業と学部1年生の講義授業をご担当されていますが、今の空デ生にはどのような印象をお持ちでしょうか。
空デのOBOGや現役の学生みんな感じていることだと思うんですけど、なんか「空デっぽさ」ってありますよね。僕が現役だった20年前から変わっていません。先にもお伝えした、空デの中にある多様なデザインジャンルを行ったり来たりするフットワークの軽さから、あの空デっぽさが生まれるんだろうなと勝手に思っています。
もちろん一つのことに特化して学び続けることは意味のあることですが、そもそも今の時代はデザインの役割が日々有機的に変化しているので、学生のうちからフレキシブルに多領域に触れることは価値のあることです。そこに他の学科にはない空デらしい独特の視点が生み出されるのではないかと思っています。卒業後の進路についても、複数のカテゴリを学んでいるがゆえの選択肢があることはポジティブに捉えるべきだと考えています。
空デですごくいいなと思っている点は、社会の第一線で活躍されている先生が圧倒的に多いこと。つまりデザインの現場に直結しているので、専門性を実践的に学ぶこともできます。アカデミックな領域のみならず、その先の社会性をきちんと実感できるのが強みとも言えそうです。僕の学生時代もそうでしたが、社会に新しいインパクトをつくり出してきた先生が多く、もし50年後にデザインの教科書があるとすれば間違いなくそこに載るような人たちばかり。そんな人たちと一緒に非常勤講師として指導できるのは素直な喜びです。学生は意外と気づかないけれど、社会に出るといかにすごい先生と学んでいたかがわかります。

安藤 北斗
Hokuto Andoコンテンポラリーデザインスタジオ「we+」共同主宰。1982年山形県生まれ。武蔵野美術大学中退、Central Saint Martins(ロンドン)卒業。視点と価値の掘り起こしに興味を持ち、プロジェクトにおけるコンセプト開発および全体設計、空間〜立体〜平面のディレクションやデザインなど、複合領域的に手がける。ELLE DECOヤングデザイナーオブザイヤーなど、国内外のデザイン賞を多数受賞。iF Design Award(ハノーバー)審査員。
最後に、今の空デ生、未来の空デ生に伝えたいことはありますか?
「デザイン」という言葉をひとつ取ってもいろんな解釈や定義があります。「デザイン」、特に「空間」と「もの」とにまつわる多様性を学ぶという意味で、空デはデザインの可能性を広げてくれるコースだと思っています。1、2年生のプログラムでさまざまな価値観に触れ、3、4年生のゼミで専門的な知識を学べる。異なる考え方を受け止めてくれる先生や研究室のスタッフもたくさんいます。
未来のデザイナーには柔軟さが求められています。日本のデザイン史は戦後を起点とすると、自分は第5、6世代あたりに属すると言われています。僕の世代では、ひとつの専門性に特化したデザイナーが生き抜くことが少しずつ難しくなってきている。ひとつの視点から多方向のアウトプットを探れるデザイナーの価値が上がってきていると実感しています。皆さんは第7、8世代にあたると思いますが、デザイナーに求められる能力は、現在よりもさらに幅が広がることは間違いないですし、いろんな事象を多角的に検討できる能力は社会的に絶対必要になってくるでしょう。
そんな未来のデザイナーとしての基礎体力を空デで身につけて、柔らかい思考とともに活躍して行ってもらいたいと思います。
ありがとうございました!
インタビュー・文
高澤 聡美
林 深音